工作の時間に七夕飾りを作った。
色とりどりの折り紙を使って…折ったり、切ったり、貼り合わせたりして、
楽しかった。
笹の葉と一緒に、細いヒモの付いた星やスイカの飾りもあった。
願いごとを書く短冊は、一人3枚だった。
食いしん坊で太っちょのジローくんが、先生に大きい声で言った。
「先生! ぼく、短冊3枚じゃ足りないよぉ。食べたいものが、たくさんあるのにぃ!!」
先生をはじめ、クラスのみんながゲラゲラ笑った。
先生は、ジローくんやクラスのみんなにこう言った。
「願いごとは、みんなたくさんあるだろうけど…それを全部、短冊に書くと
『コイツは欲張り過ぎだな』と、どの願いごとも神様は聞いてくれないかも
しれないぞぉ。でも、たった一つだけ選ぶのもどれにしよう? と迷って
決められないかも知れない。だから、一人3つだけ。そのうち、
どれか一つでも願いごとが叶ったら、凄くないかぁあ?!!」
私は、3つの願いごとの全てが叶うといいなぁと思いながら聞いていた。
短冊に書いた、私の願いごとは…
『パパとママが、いつまでも仲良しで長生きしますように』
『おいしいケーキを作れるようになりますように』
『ジャスミンさんの声が、出るようになりますように』
天の川のこちらと向こう側で離れて暮らす、織姫・彦星が
七月七日、年に一度。会ってデートをする日だ。
晴れてたら会えるけど、雨が降ったり、曇っていると会えないのだそう。
「昔々の人が作った、ロマンチックな伝説よ」
と、ママがこの前、言ってたな。
「今年は次から次へと台風がやってくるわねぇ。こんな狭い日本なのに
大変な被害に遭ってるところもあるわ。
…こんなに雨が降り続いたら、野菜が値上がりするわね。困るわぁ…」
台風の来襲で、梅雨がなかなか明けないのだった。
七夕の日も雨なのかな? 織姫・彦星は年に一度の、デートもできないのだろうか?
私の願いごとも、みんなの願いごとも叶わないのだろうか?
そんなことを思いながら私は、ジャスミンさんのお家にお泊りする夜の
おみやげに、小さな七夕飾りを作っていた。
学校から持って帰った七夕飾りの笹を少し切って、工作の時間に作った
折り紙飾りのミニサイズに挑戦していた。
短冊も少しだけ小さめにして、3枚用意した。
ジャスミンさんに今度、願いごとを書いてもらうのだ。
ママとメールのやり取りで、ジャスミンさんは七日夜のお泊りOK!を
もらっていた。
七月七日は、パパとママの特別な日。出会いの記念日だった。
去年まではパパの手料理の夕食で、ささやかにお祝いしていたけど
今年はジャスミンさんのおかげで、二人して外でデートすることになった。
ママがパパの会社にお迎えに行く夕方から、私はジャスミンさんのお家だ!
頑張って作らないと! もうじき、その日がやってくる。
そして、七月七日。曇り。あーあ。
学校から帰って、おやつも食べずに宿題を済ませ、お風呂にも入った。
ママが用意してくれた着替えなどの入ったカバンと、おみやげの七夕飾りと
ジャスミンさんに見せてあげようと…私の宝物も。
「では、ジャスミンさん。詩音をよろしくお願いしますね。
もし、何かあったら遠慮なく携帯を鳴らしてね。
詩音。ジャスミンさんにご迷惑をかけるようなことをしてはダメよ。
いいわね? 明日は土曜日で学校がお休みだから、お寝坊さんしてもいいけど、
ジャスミンさんはお仕事があるのだから、ちゃんと戻ってくるのよ。
それから……」
ママは、まだ言い足りない様子だったが、『大丈夫。大丈夫!』と
笑いながらジャスミンさんが、そっとママの肩を廻して背中を押した。
私とジャスミンさんは、ガレージの前で「いってらっしゃ~い!」と
車の中のママに手を振った。ママは、しぶしぶ手を上げて行った。
二人で顔を見合わせ、ふふふ・あはは! と笑った。
ジャスミンさんは、ジェスチャーで私に聞いた。
『お腹がペコペコよ。詩音ちゃんは? 先にご飯食べる?』
おやつも食べないでいたから、私もペコペコだった。
うなずき、手をつないで階段を上がった。
ジャスミンさんのお家は、壁を隔てただけのお隣さん。
1階にガレージを設けてあるためか? 玄関は2階になる。
建物の真ん中に外からの階段があり、上がって右手が私のお家。
左手がジャスミンさんのお家だった。
私のお家は、玄関から続く廊下の左側にバス・洗面・洗濯室があり、
その向こうにトイレ。
右側には、客間。階下へ続く階段。廊下の突き当たりにドアが二つ。
左はパパとママの寝室。右が、私の部屋だった。窓の外にベランダが続く。
ちょうど私のお家を反転した間取りが、ジャスミンさんのお家。
ジャスミンさんは、客間を書斎 兼 寝室に。
そしてベランダに面した部屋を改築して、オフィスとしていた。
ここは今、立ち入り禁止。ごちゃごちゃなんだそう。
いつもは左側にあるトイレが右側だったり、右手にある階段が
左手にあるのは、何か変な感じだった。
玄関に置いた荷物を持って、リビング・キッチンへと降りた。
キッチン・テーブルには、すでに二人分の夕食の用意が整っていた。
「ちょっと待っててね。すぐに温かいスープも出すわね。
詩音ちゃんは、こっちに座って。見ての通り、オムライスよ!」
「わー! おいしそう! うふふ。ケチャップでお顔が描いてある。
かわいー! ネコちゃんだね?!」
ゆっくりと食事をしながら、パパとママの事を話した。
私が喋り、ジャスミンさんが聞く。時々、ノートに質問や感想を書いてくれた。
今ではメル友でもあるママから、メールで色んな話を聞いていたようだった。
私の拙いお喋りも、すっかりと理解してくれるのが嬉しかった。
…10数年前の7月7日、日曜日。
パパとママは、"運命"とも言える出会いをした。
ママはまだ学生で、この日はお友達とプラネタリウムへ行ったらしい。
すると、すでに社会人だったパパは失恋したばかりで、一人で
プラネタリウムの星空を眺めながら、泣いていたそう。
しょっちゅう、溢れる涙をくしゃくしゃのハンカチで拭うパパ。
ママはお友達と二人で『おかしな人がいるわね…』と、パパを見て思ったそう。
ママから聞いた時、そんなパパを想像したら、可笑しくて笑っちゃった。
ジャスミンさんもニコニコと可笑しそうに笑って聞いている。
プラネタリウムを出てランチを済ませて、バイトのあるお友達と
別れたママは、せっかく街まで来たのだから、このまま帰ってしまうのもなぁ…
と思い、映画を観ることにした。すると、映画館のチケット売り場にパパがいた!
ママは内心、あら? さっきの泣いていた人…とパパに気付いたんだけど
パパは知らなかったんだって。見られてただなんて思ってもいなかったのね。
それぞれの座席で映画を観て、映画館を出たら、すっかりと日は暮れて…
ママは大学のクラブ(軽音楽部)の先輩に一度、連れて行ってもらったお店で
音楽を聴きながら、コーヒーでも…と、そのお店に寄ったのだそう。
そうしたら、なんと!! パパがカウンターの隅に座っていたんだって!
お店は夕暮れ時の混雑で、空いている席がパパの隣だけ。
一日のうちに3回も偶然に出会うなんて、驚いたわ!
この人とは何か縁でもあるのかしら? …とママは思ったそう。
観て来た映画のパンフレットを読んでいると、隣のパパが
「あ! この映画、僕も今、観て来たところなんです。面白かったですね!」
と話しかけてきたそう。ママは思わず…言ってしまったらしい。
「ええ。存じていますわ。午前中、プラネタリウムにも居らっしゃいましたね」
パパは大層、驚いて
「え?!! あなたもあそこに居たのですか? 僕を見たのですか?!
いやー、参ったな! とんだ醜態を晒してしまったもんだ。
アワワワ。どうしよう? えーっ!! ホントに? ワーッ!!」
水を飲んでコーヒーを飲んで、くしゃくしゃのハンカチをまた出して
汗を拭きまくっていたらしい。
それから、どちらからともなく簡単な自己紹介をして、映画や
音楽などの話をしばらくしていたそう。
なんとなく意気投合して、食事を一緒することにした。
「よかったら、今から食事でもしませんか? 僕が学生の頃に
バイトしていた美味しいイタリアンのお店があるんです!」
失恋の痛手も何処へやら…でパパは、すっかりと上機嫌だったらしい。
ママは、そのお店の人達からパパの人柄を知り、失恋話も聞いて
すっかりとパパが気に入ってしまったそう。
また会う約束をして、お付き合いが始まったんだって!
「今頃、二人でくしゃみの連発ね!」
ジャスミンさんはノートに書いて、笑いながら私にウインクした。
「玲音に和音。名前からもきっと、この二人は出会う運命だったのよ!
素敵ね! 詩音ちゃんのパパとママは、最高のカップルだわ!」
「そうだ! ジャスミンさんに私の宝物を見てもらいたくて持ってきたの」
「え!? 詩音ちゃんの宝物? 見たい見たい!! 何かしら?」
私はカバンの中から、大好きなポケットサイズの絵本を出した。
そして中に薄い紙に包んで挟んである、一枚の写真をジャスミンさんに渡した。
去年の夏休みにおばあちゃんのお家に遊びに行った時、おばあちゃんが
アルバムの中から、私にくれた写真だった。
「これはね。詩音ちゃんのママが、初めてこの家に遊びに来た時に
写したのよ。二人とも若いねー! ママをいっぺんで気に入ってね。
玲音は、恥ずかしいからいいよ! と言ったけど…1枚だけ! と
記念の写真を撮らせてもらったのよ。
詩音ちゃんの知らないパパとママだわね。欲しいの?
それじゃあ、パパとママには内緒で持ってなさい。ね!」
大好きなおばあちゃんが、こっそりと私にくれた大切な写真だった。
飼っていた猫を抱いて、困惑そうなパパ。ちょっぴり頼りなさげ。
緊張気味に笑顔のママ。自然に寄り添っているのが初々しいな。
私が生まれるずうっと前の写真だ。私の知らないパパとママだ。
見るたびに、とても不思議な気持ちがするけど、大好きな写真だ!
ジャスミンさんは目を丸くして、可愛い! 可愛い! と連発した。
「宝物の大事な写真を見せてくれて、ありがとう。
見たことは内緒にしておくわね。約束するわ。
詩音ちゃんのおかげで、なんだか心がふわふわと暖かいわ。
え? まだ何かあるの? まあ! 七夕のお飾り! これを私に?!
キャー! 素敵! 素敵! 短冊に願いごとを書くのね!
ありがとう、詩音ちゃん。嬉しいわー! 子供の頃以来ね。
それでは食事も済んだことだし、デザートと何か飲み物を出すわね。
こちらの部屋で、ゆっくりと寛ぎましょう」
キッチンとリビングを薄い布カーテンで、仕切ってあった。
灯りが消えていたので分からなかったけど、ジャスミンさんが
カーテンを開いて照明を点けると…
わー!!! すごい!!! こんなお部屋、見たことがない!
ジャスミンさんの寛ぎの部屋。私は見た瞬間、気に入ってしまった。
つづく