ファンファーレかあ……
懐かしいな。16年前のイヴの夜やったなあ…
あの頃は、おかあちゃんもオレも、当たり前やけど若かったな。
付き合い始めて3ヶ月。
「久美(くみ)ちゃん」「紺野先輩」と、呼び合ってたんやな。
オレより3年後輩の久美ちゃん。同期で入った新入女子社員の中で一番、
個性的やった。まるで山から下りてきた野生の猿のような娘(コ)やったな。
会社の中でも何処でも、そこかしこが全開状態。
天真爛漫と言えばそうなんやろけど、久美ちゃんは
オレにとって全てが未知数な女の子やった。
オレには学生時代から続いていた恋人が居ったんや。
その彼女が、勤める会社の外国支社に転勤となった年のこと。
春から夏にかけてオレの仕事も忙しくなり、いつの間にか疎遠に…
それっきりになってしもた。
会社では、そんな素振りを見せたつもりはなかったんやけど、
久美ちゃんはオレを見るたびにいつも
「紺野先輩! 何か元気ありませんねー。
今度、一緒に美味しいものでも食べに行きましょうよ!」
大きな声で誰に憚ることなく、みんなの前で堂々と言うもんやから、
とうとう直属の上司までもが
「おい、紺野! お前にご執心な浅井と、一度くらいデートしてやらんか!」
と、言うのだった。同僚は、同情を含んだクスクス笑いや
冷ややかなニヤつき笑いで、オレをからかうし!
女子社員は皆、社会人ともなれば都会的センスのファッションを
身にまとい、お化粧も年々上手くなり、それなりのお色気も漂わせる。
誰がどの娘を射止めるか?! まるで安っぽいテレビドラマのような
社内恋愛を夢見て、独身社員は色めき立っていたんやな。
オレもやっぱり、そんな一人やった。
言っちゃ悪いが野猿のような久美ちゃんを相手に考える奴は、居らんかった。
久美ちゃんと言えば、何年経っても学校の体操服に白いソックスがお似合い!
そんな娘やった。
なのに…元恋人との別れの寂しさからか?
気が付けばオレは、久美ちゃんに誘われるままにいつの間にか
付き合い始めていたんや。
16年前のあの日もそうやったなあ…
「紺野先輩! 24日はイヴですからね! 絶対に私とデートして下さいよ!
プレゼントも用意してあるんです。何か美味しいもの、食べに
行きましょうねー!!」
一週間前から、そう言われ続けていた。
プレゼントなあ…ほな、オレも何か用意せなアカンかなあ?
さっぱり思いつかん。街をブラついて、何か欲しい物を買(コ)うてやるか。
兄と二人兄弟のオレには、姉も妹も居らんけど、久美ちゃんに
対する気持ちは…
そうやなぁ。まだ幼い妹を想うような気持ちやったな。
イヴの日。仕事を終えて待ち合わせの場所に行くと、
久美ちゃんは目一杯にお洒落をして待っていた。
薄化粧もして、いつもの野猿のイメージとは別人のようやった。
「紺野せんぱ~い!! ここです!」
オレは心の中で思わず、可愛い!! と呟いたもんや。
久美ちゃんが友達から仕入れてきた情報を頼りに、少し街を歩いた。
どこもかしこもイルミネーションに彩られ、確かに綺麗やったけど
はしゃぐ久美ちゃんみたいにオレは嬉しくもなかったな。
それよりお腹が空いて"早よ、メシ食うて帰りたい。寒いやんかー"な気分やった。
タクシーに乗り、郊外の洒落たレストランに行ったな。
お酒の飲めない久美ちゃんやったけど、
「今日は特別です!」と、シャンパンを二人で一本、空けた。
レストランを出て「少し歩きましょうか?」と、手を繋いできたから
オレは言われるままに黙って久美ちゃんの手を握り、
郊外の住宅街をあてどなく一緒に歩いた。
「ぎょえ~~!!! 紺野先輩! あれは何でしょうか?!
何かありますね。行ってみましょう!」
突然、久美ちゃんが野猿に戻って叫び、走り出すので
オレも釣られてついて行ったんや。
ほの暗い住宅街の奥まった処に、ひと際目を引くイルミネーションが瞬いていた。
側まで行ってみると、看板も何の表示も見当たらないが
"これはもしかしたら、ラブホかも知れん"と、オレは思った。
「紺野先輩! ここはなんだか面白そうですね。行ってみましょう。
トンネルの向こうにお店か何かありそうですよ!」
「久美ちゃん! お店と違うで。ここはアカン」
「なんでですか? お店と違うんやったら、秘密のクラブとか?」
「アホ! これは多分、ラブ・ホテルやで」
「ぎゃ~っ! ラブ・ホテルぅううう?!!!」
「シッ! そない大声、出さんといて。ビックリするやろ」
「紺野先輩、それなら、入りましょう!」
「えーーーーっ!!??ラブ・ホやで!
久美ちゃん、何するとこか分かってるよな?」
「もちろんです! 紺野先輩と一緒なら異存はありません。
入ってみたいです!」
「マジでぇええええ!!!」
「せー・せん・ぱい? 声が大きいです」
「でもな。こんなとこに入るの…親に後ろめたくないか?」
「私の親ですか? 私も大人です。大丈夫です。
気になりますか? ちょっと待ってて下さいね」
久美ちゃんはバッグから携帯電話を取り出し、電話をかけたんや。
「もしもし? お父ちゃん? あんな。私、今夜、紺野先輩と一緒に
ラブホでお泊りするから。明日、帰るわ。
え? うん。大丈夫やで。…うん、分かった。ほな、そういうことで。
お母ちゃんにも言うといてな。お父ちゃん、おやすみ~」
な・なにーーーーっ? マジっすか?!
「で…で…お父さんは何と?」
「うん、分かった。ちゃんと睡眠もとりや!って。
お父ちゃんにも言うたし。紺野先輩、さあ、行きましょ!
お泊りするんですよー!」
お・お泊りって…おい! ええのんか?!
え~い! こうなったら"据え膳食わぬは男のなんちゃら"でもって
覚悟、決めるか…
つづく