「おかあちゃん! おかあちゃん! なーっ! 聞いてー!!
今度の月曜、祝日か? 学校休みらしいわ。クリスマス・イヴやん?!
ウチなー、デートするねん。人生初のデートやで!!
家におらんけど、ええやろ?」
「デート? 誰が? 響(ひびき)がか?! マジで?
デート言うからには男の子とのデートなんやろな?
何処でデートするん? 悪いけど、お小遣いはやられへんわ。
おとうちゃんの会社な、傾きそうでボーナスも出ないかも知らんねん。
『せっかくの三連休もゆっくり休んでられへん!』て、言うてはったし…」
「要らん、要らん! お金は要らんねん。
クリスマス・パーティーに誘われてん」
「クリスマス・パーティー?! 友達の家でするのんか?」
「友達の家でもない。隣町の老人ホームや。
ホームのな、クリスマス・パーティーでバンド演奏するから見に来てほしい。
応援してほしい…って。えへへ。
あと、ホームのお年寄りさん達とゲームしたり、唄、歌ったりするんやて。
楽しみやわあ。ウチ、何着て行こう?」
「な~んや、それ? それって、デートとちゃうやないの。
おかあちゃんはまた、ディズニー・ランドか映画にでも
誘われたんかと思たわ。老人ホームでデート?!
サンタさんもビックリ仰天やな? あははは」
「えへへへ。ええねん、ええねん。
学校のモテモテ君から直接、誘われたんやもん。ウチにとっては
老人ホームのクリスマス・パーティーであろうが、デートするような
気持ちやねんから! ほんま、何着て行こう?
寒いけど、スカート履いた方が女の子らしいてええな?
あっ。おとうちゃんが帰ってきた」
「ぅおーっ、寒い!! ただいま」
「おとうちゃん、おかえりー」
「お帰りなさい。お疲れさま。先に夕飯してもええかな?
用意できたとこやし。お腹も空いてるやろ?
おとうちゃん?! なんや知らんけど響がな、イヴにデートやねんて!
さっきから、えらいご機嫌さんやで」
「ほおおお。響もデートするお年頃か?! で、どんな男や?」
「どんな男って、同級生やで」
「イヴにデートって、何処行くんや? ホテルか?」
「なんでやねん!!」
「おとうちゃんたらっ! なんぼなんでも中学三年生に"ホテルか?"は、ないやんか!
アホなこと言いな! 老人ホームのクリスマス・パーティーなんやて。
相手の子が、そこでバンド演奏するから見に来てって誘われたらしいわ。
それだけのことやのに響にとっては、初デートなんやて」
「そうかあ。そやけど、なんでまた老人ホームで? ボランティアか?」
「ウチもよぉ知らんけど、その子のお母さんがそこのホームで
ヘルパーしてはるねん」
「さ、できた。食べよ、食べよ! お腹ペコペコやわ」
「わあ! 今夜はグラタンやん! 嬉しーい!! いただきまーす」
「あはは! やっぱり色気より、響は食い気やな?!」
「当たり前やないの。育ち盛りやもんな。胸かて、まだまだペッタンやもんなー?
そうや! 23日の日曜日は家におるんやろ? おかあちゃんと一緒に
クッキー焼いて、その老人ホームに持って行ったらどうやろか?
響の好きな子には、特大ハート型のクッキーなんてどうや?」
「アッ、熱っ!! お・おかあちゃん!
そんなこと言うから熱々のグラタン、飲み込んでしまったやないの。
"好きな子"って! もう、嫌やわー」
「わははは! 照れてるで。で、そいつも響のこと『好きや』言うてるんか?」
「んん・もう! おとうちゃんまで、なに言うんよー!!
グラタン、冷めな食べられへんやんかー!」
「響の好きな子て、どんな子やの? 同じクラスにそんなカッコイイ
モテモテ君が、居ったかな?」
「おかあちゃんは、文化祭で見てるんとちゃうかな?
体育館で三人でギター弾いて歌ってた子ぉらが居ったやろ?
あの中の一人やねん。クラス違うから、あんまり喋ったことないけど。
その子も大阪から転校して来やってん。学校でもずっと大阪弁で喋ってはる。
そやからなんやろな…ウチ、その子の話し声が聞こえてくると
妙に落ち着くねん。突飛なところもあるけど、性格もええみたい。人気者やねん」
「ふ~ん。えらくお熱やな。クッキー、どないする?」
「クッキー、焼いてくれるの? そら、みんな喜ぶわ。
おかあちゃんのクッキー、美味しいもん。もちろん、手伝うで。
今夜のグラタンの味も最高や! メッチャ美味しい」
「ほんま? そら、よかったわ。特大ハート・クッキーは、紅茶味にしよか?
それともジンジャーかな? それとも響の気持ちを込めて、
甘い甘いキャラメル味がええかいな?」
「そうや! あんな。その子にウチ、聞かれたことがあるねん。
学校ではウチ、こっちの言葉で喋ってるけど…この前な。
掃除当番サボッて帰ろうとした子らに『アカンで!!』て大声出したんよ。
ちょうど教室を出てきたその子が『えっ? アンタも大阪の子やったん?』てな。
それから時々、喋るようになってん。そんでな、その子が聞いたんは…
『紺野 響かあ…響って、ええ名前やな。どんな由来があるん?』て。
そういえば、ウチ、自分の名前の由来なんて聞いたことなかったなーって
その時、気付いてん。今度、その子に教えてあげよう思うねん。
そやから、ウチの名前の由来を教えてくれへん?」
「響のヒビキはやな…つまり、ファンファーレやな」
「ファンファーレ? て言うたら、あの…
♪パララ・ラッパ・パーン♪とか、♪パッパラパーン・パ・パ・パ・パーン♪やんな?」
「つまり、そうやな。他にも色々とあるんやろけど、ヨーロッパの王室の
祝儀式なんかでラッパ吹くもんな。そんでな…」
「おとうちゃん!! もうええから。……ん? ああ、なんでもないねん。
気にせんとき。簡単に言えば"ファンファーレ"なんよ。
鳴り響くファンファーレの音のように、この子が人生を高らかに
歩いていけますように!! と、そんな願いを込めて付けたんやわ。
なっ?! おとうちゃん!」
「え? う? うん、そうやで。うん、そうや。
どや? 響という名前は気に入っているか?」
「もちろんやで! 『ええ名前やな』って言うてもらったもん。
そうかあ…ファンファーレのように高らかに歩いていくように! かあ。
ウチ、名前に負けないよう、響き渡るファンファーレ鳴らして
生きてゆくで! パンパラ・パーン♪となっ!
まずは、来週のクリスマス・イヴが勝負やな!!」
「それもええけど、響は受験生やろ? 大勝負やで」
「はい、はい。頑張りますとも! 目指せ、公立! やもんな。
任しとけって。あっ?! もう9時やん。"ガリレオ"始まるわー。
ごちそうさまでした」
「テレビ見ながら、こたつで寝てしもたらアカンよ。
番組終わったら、どっちもスイッチ切っといてやー」
「はーい」
「え? なに? おとうちゃん?
ビール、もう一本? ま、ええけど。身体、冷えるで」
つづく