それから11年の歳月が流れた。
子供や孫から「ココちゃん」と呼ばれて
日本一! 気の若いおばあちゃんを自負する能天気振り。
56歳のお誕生日を迎えた朝、郵便受けに分厚い封筒が一通。
エア・メールだけど…一体、誰が? 何処から?
手に取り、老眼鏡をかけて、ゆっくりと見慣れない外国文字を見る。
消印のスタンプにParisとある。私宛だわ。差出人は…?
Yumeko! 夢子からだわ!
大急ぎで自分の部屋に戻り、震える手で開封して、手紙を読み始めた。
なんと!『Dear 恋子ちゃん』とある。
涙がこぼれて、ちゃんと読めやしない。
深呼吸して…落ち着いて…ああ! ダメだわ。
一刻も早く、十数年振りに来た娘の手紙を読みたいのに
ポトポト涙が落ちて、インクが滲んでしまう。
…温かい紅茶でも淹れて来よう。
キッチンに入ると創立記念日でお休みの双子ちゃんが
並んで遅めの朝食を食べていた。
「ココちゃん。どうして泣いてるの?」
「誰かが、ココちゃんをいじめたの?」
「ココちゃんが泣いてるの、ボク初めて見た」
「ボクもだ!」
アラ。そうだったかしら? 二人の言葉に思わず笑顔。
「あ! ココちゃん、笑ったー! いつものココちゃんだ」
「でも、泣きながら笑ってるー!」
キッチンに戻ってきた嫁ちゃまが
「今日はココちゃんのお誕生日よ。パパとおじいちゃんが帰ってきたら
今夜は、みんなでココちゃんのバースデー・パーティーよ!」
と言うなり
「それで嬉しくて泣いてるんだね?」
「違うよぉ。年を取るのが悲しくて泣いてるんだよ」
私は思わずワハハハー! と笑い、少し心配そうな顔で見ていた嫁ちゃまも
つられて、アハハ! と笑い出した。
嫁ちゃまと二人分の紅茶をカップに注ぎ「後は頼みますよ」
と言い残し、カップを手に部屋に戻った。
さぁ、もう大丈夫だわ。私はココちゃんだもの。
もう一度、夢子の手紙を開いて、老眼鏡を掛け直して、最初から読んだ。
薄っぺらな便箋10枚に綴られた、長い長い手紙だった。
ちっとも上達していない、子供の頃そのままの字だった。
ところどころに外国文字が入るけど()で、読み方と意味を記してくれていた。
プッツリと絵葉書が途絶えた年、夢子は20歳の記念に
まだ一度も行った事の無い、富士山へ行く。
当時、住んでいた所は京都。独りでバイクに乗って行ったのだそう。
各地を転々としながらも、しっかりと預金をし、免許を取って
バイクも買ったとある。
富士山で一人の男性と知り合う。フランス人で日本の風景を
写真に撮るために来日した彼は、富士山の現実を嘆いていた。
人々が捨てたゴミの山…山…
『あんなに美しい山なのに来てみれば…』
『富士山が世界遺産に登録されない理由は、この有様だからね?
日本人である私は、恥ずかしい』
二人で散らばったゴミを集めながら、片言の日本語と英語で
何とか交流しているうちに、すっかりと意気投合。
彼は報道写真家を目指して、様々な国を旅していた。
京都に住む夢子が、京都に来るなら案内すると申し出ると
BON! 是非! と即答。
翌日、二人は夢子のバイクで京都に戻り、彼が帰国する日まで一緒だった。
彼は紳士であり、彼の話はとても興味深いもので、夢子は大きな影響を受ける。
帰国の際に彼は自分の住所・電話番号を残し、二人の文通が始まる。
電子の時代に海を越えての文通?! ロマンティックだこと!
夢子は何日も考え続けた。
このままじゃ、自分はダメだ! もっと広い世界に目を向けたい!
一念発起し、英会話を習う。そして青年海外協力隊に応募する。
協力隊の一員として活躍できる派遣先が決まると、海外へと旅立った。
それから何年もアジアやアフリカなどの開発途上国で様々な
開発援助の作業を汗水垂らして、頑張った様子。
夢子30歳の時。
アフリカの地で、干ばつにによる被害を受けた難民キャンプに派遣される。
医療チーム・スタッフと共に赴き、飢餓に苦しむ栄養失調の子供達に
食事を与えたり、病気の子の世話をしていた。
ある日、文通交際を続けていたフランス人の彼が、夢子に会いに来た。
それも、プロポーズをするために!!
10年振りの再会だったが、お互いに『パートナーは、この人!』
という想いが、手紙のやり取りでしっかりと育っていたようだった。
彼は夢を成し遂げ、すでにプロ・カメラマンとなっていた。
夢子は考えた末、脱退を決意。彼の住むフランスへと旅立つ。
そして翌年、結婚。先月、待望の赤ちゃんが誕生した。
かいつまんで説明すると、こんなところかしら?
奇跡と言ってもいいくらいの純愛。現代の御伽噺みたいだわね。
あのフーテン娘。17歳で家を出て17年間、一度も帰って来なかった。
そんな恩知らずの罰当りな娘が…母親になったなんて…
ふぅ…そうなの…
親が想像もしなかった人生を歩んでいたみたいね。
文面には泣き言一つ、書いてやしない。せめてもの親孝行のつもりかしら?
文明の遅れた未開発の異国の地で、あの子がどんな役に立ったかは
いざ知らず…
風土・気候もまるで異なる国で、病気に苦しんだこともあったでしょう。
言葉も通じなくて意志の疎通もままならず、悩んだこともあったでしょう。
でも、それを乗り越えて頑張り続けていたのね。
大拍手!! ものだわ。まったく、あの娘ったら…
それにしても結婚相手がフランス人!
夫さんにこの手紙を見せたら、何て言うかしら?
読みもせずにビリビリと破いてしまうかしら?
そうならないように何か作戦を考えとかなきゃね。
中に入ってる封筒は、何かしら?
まぁ! 航空券が2枚! それと写真だわ!
アラーッ!! ほんとにフランス人! ハンサムじゃないの~?
まぁ。抱っこされてる赤ちゃんの可愛いこと。
17年振りに見た写真の夢子は、別人のよう。
あの子が、こんな素敵な女性になるなんて…
ここにも手紙? どれどれ…
つづく