オレがその奇妙な爺さんと知り合ったのは
ゴールデンウィークとやらが始まる頃。
ちょうど、こんな青空が広がる晴れた気持ちのいい朝だった。
オレは無事に進級したものの、何だか何にもやる気が起こらずに
新学期早々に登校拒否を繰り返していた。
春休みの間、短期アルバイトで宅配便を預かる倉庫の
荷だし作業に行ってたんだ。
朝から晩まで、コンベアに乗って流れてくる荷物の仕分けだ。
おかげで多少は、マッチョな男になれたかな?
初めて自分で稼いだ金で、欲しかったCDを何枚かと
ウォークマンを買い、余った金で
一度やってみたかった金髪に髪を染めてみた。
憧れのミュージシャンに一歩、近付いた気分だった。
校則違反は承知の上で、停学処分は
甘んじて受けるつもりだった。
オレの祖先にロシア人がいるらしく、16分の1位の割合で
オレの容姿にもそれが表れていた。
自分で言うのも照れるけど、鏡を見ると意外にも
坊主頭に近い金髪のヘアスタイルは、似合うと思う。
案の定、新学期早々に生活指導の先生に呼び出された。
「その頭をなんとかしろ!」ときつく叱られ
「一週間以内に元通りにしてなければ、3日間の停学だ!」
と宣告された。
上等じゃねぇーか!とばかりに翌日から、学校を休む。
夜勤明けのお袋が毎朝、弁当を作ってくれるから
さすがに休み続けてるとは言えず、登校してるフリをしていた。
学校とは反対方向へチャリで走ると
大きな公園があって、池の周りの木陰にベンチが等間隔に
設置されている場所がある。オレのお気に入り。
休日ともなると、デートスポットになるところだ。
毎朝、学校へ行くフリをしては、ここへ来て
池にいるたくさんの渡り鳥を眺めたり…
教科書を見るともなしに開いたり…
昼には弁当を食べて、夕方まで過ごすのだった。
その奇妙な爺さんは、スーパーのビニール袋一杯に
細かく千切ったパンを持ってきて、渡り鳥達に放ってやっていた。
目が合うと爺さんは、片目が潰れていた(マーブル模様だ!)
オレは最初に見た時、ギョッとした。
パン屑を放り終わったら、ベンチの一つに腰掛けて
生きる銅像よろしく、固まったように動かない。
ひたすら、ジィーッと池を眺めている。
オレは学校の制服姿で学校指定のカバンも提げているから
サボッているのは一目瞭然だ。
隣のベンチに腰掛けた爺さんに時折、潰れていない方の眼で
ジロリと横目に睨まれている気がしていた。
でも爺さんは何も言わなかった。
公園へ行きだして一週間目の朝、爺さんに話しかけられた。
「君は何故、学校に行かずにここへ来ているのだ?」
「爺さんには関係ねぇよ」
「うむ。そりゃそうだが…毎日、食べてるその弁当は君が自分で作るわけじゃないだろう?
きっと家の人が学校に行っていると思っている君に朝、持たせてくれるのだろうて」
「だから、そんなことも全部!爺さんには関係のねぇことだろうが!」
「大きな声をだすんじゃない!鳥達が驚いておる。ワシは年寄りだが、耳は達者だ」
「耳は達者だ…か。フン!じゃ、その眼はどうしたんだい?見えてるのかよ!」
「左は見える。ちゃーんとな、眼に映るもの全て見えとる。
自分で潰した右目は眼に映る物は見えんが、映らん物が見える。そう、君の心の中もな」
「自分で潰したって?オレの心の中が見えるって?!
ハーン!爺さん。耄碌してるか、少しココがおかしいんじゃねぇか?」
オレは自分の頭を指差して言ってみた。
「それは君じゃないかね?そのキンシコウの猿みたいな頭はどうしたんだ!」
「猿でも何とでも言うがいいや。それより爺さん。
その眼を自分でどうやって潰したりしたんだよ。いつの話だよ?」
「気になるのか?そうか!…でも君には関係の無いことだ」
「じゃ、話しかけないでくれよ!放っといてくれよ!」
その日の朝は、それだけの会話だった。
あくる日、空模様の怪しい朝だった。今にも雨が降ってきそうな…
オレは傘を持ち、いつものように公園へ行った。
やっぱり爺さんは来ていて、パン屑を池に向かって投げていた。
ポツリポツリと降り出してきた頃に爺さんが言った。
「今日はずっと雨降りになるわい。弁当もここでは食えんぞ。
どうだね?君がよければ、ワシの家に来るか?
ワシ独りで誰もおりゃせん。遠慮することはない」
金も持ってないし、こんなに早くからじゃ図書館も開いてないし…
他にあても無いから、気はすすまないが爺さんについて行くことにした。
(つづく)