僕達は、どうにかこうにか、同じ景色の中を
来た時に同じと思える道を辿りつつ、後戻りした。
時計を持っていないこと。
多分、持っていたとしても役には立たないのかも知れないが。
それに高原のレストハウスを少しでも離れると、幽界というのか?
朝・昼の明るさが夜の暗さに変わってしまい、陽の傾きも
まったく分からなくなるから、時間の感覚を失いつつあった。
レストハウスに戻るまで、多分1時間もかかっていないと思う。
さっきまで月夜の怪しげな世界だったのに
レストハウスを目の前にすると、太陽の光がサンサンと降り注ぐ。
そりゃもう、健康的な自然の世界なんだ。
まるで、空というキャンバスを二分して、左に月・暗い夜。
右に太陽・明るい昼を描いた絵のようだった。
視点を変えると、この高原の頂上に建つレストハウスを頂点とした
円錐の半径約1~2km範囲が、昼・太陽の世界だとしたら
その外側が、どこまでかは分からないが、夜・幽界の世界のようだった。
そして、そのまた外側には、きっと僕達の居た元の場所がある
現実の世界ということになってるんじゃないだろうか?
分からない。これはオレの推測で、本当のことは何も分からない。
オレ達は、なるべくレストハウスを離れないようにして暮らしているんだ。
あの日限りで終わると思っていた。
夜になって、ベッドの中で眠りにつき、楓が言ったように…
朝、目覚めると…元の狭くて汚いアパートの一室の布団の中に
戻っているんじゃないか?と考えたのは、間違いで
来る日も来る日も、目覚めたらココにいる。
でもね、1日3食。誰がどうやって用意するのか知らないけど
食堂にはゴージャスな食事があり、食べるには困らないんだ。
片付けようにもキッチンは無く、いつのまにか時間がたつと
テーブルは、きれいに整えられており…不思議だろ?
バスルームは、24時間?(ココに時間は無いのも同じだが)
熱いシャワーが使えてさ。着替えだって、何から何まで揃ってた。
洗濯する必要も無く。毎日、服を着替えても一向に減らない。
常にクローゼットの中は、全てが揃いすぎるくらいに揃っているんだ。
一体、どこで誰が?!
オレ達の奇妙としか言いようの無い暮らしをサポートしてくれているんだ?
不思議だ。何もかがも不思議だ。
本当に不思議な暮らしよね。
衣食住は足り過ぎるくらいに足りている。
でも外界との繋がりが無く、情報がまったく無いから
不安でしょうがないの。
こんな所にいつまでも二人だけでいては、いずれ狂ってしまいそう。
そりゃね。たった一人より、二人で居る方がいいんだけれどね。
暮らしというのは、衣食住が足りるだけではどうしようもないもの。
憧れのように『二人だけの世界』なんて言うけれど、それは
恋愛中の甘い二人が想い、願うことであって…
来る日も来る日も、たった二人だけの世界というのは味気無いもの。
嫌なことや辛いことがあっても、色んな社会の中で、人と接しながら
暮らしているほうが、安らぎを覚えるというもの。
無いものねだりかも知れないけど、人間の欲望は、本当に果てしないもの。
そうよね?尚…
そうだな。
もう、どれくらい、ココで暮らしているのか分からないけど
オレ達は、お互いに愛し合うことにも、そろそろ飽きてきた。
もし、赤ちゃんができても…この世界で出産など、出来るはずも無く。
かと言って、避妊具も無いのだから自然に任せた。
もし、妊娠したなら?二人で智恵を出し合って、その時に備えよう。
家族が増えることの方がいいに決まっている!
お互いに力を合わせて、乗り切ろう!と決心もしたんだ。
でも、赤ちゃんは授からない。そして、二人とも老けることがない。
ココへ来た時のままの容姿でいるのだった。
つまり、オレ達に未来は無い!そういうことだ。
本当に生きて暮らしているんだろうか?
それさえも謎。?????だ。
「なぁ、楓ぇ~♪今夜はホラ!満月だよ。
怪しげな美しさだな。その光を浴びた楓の身体も
妖しげに輝いて綺麗だよ。久しぶりにしようよぉ。楓ちゃ~ん」
「あ~ん。尚ったらぁ。いや~ん」
なんだよ。このスケベな深夜番組は!こんなのアリかよ?
もう、ケンは!スケベなことには目ざといんだから!
オリンピック見てるんじゃなかったの?
見てたさ。勝手に途中からこのスケベに変わったんだよ。
だって、リモコンはテレビの上にあるんだぜ。おっかしいなー。
混線してるんじゃないのぉ。それよりぃ…
いつ、海に連れてってくれるのよぉ?
今年こそは、プライベート・ビーチのある南の小島に
連れて行く!って言ってたじゃん。約束~ぅ?
そうだけど。こんなに景気悪くなってさ、ボーナスも無いんだ。
今年も、申し訳ないがお預けだなぁ…
プチッ♪
あれ?コマーシャル?何コレ?
「こんばんは。旅行企画『アメージング・トラベル』のお時間です。
今夜、貴方様が、ご当選なされました。・・・・・・・・・・・・」
おわり 2005.5